chatGPTについての感想の続き

AI

少し前にchatGPTに関しての記事を書いたのですが、今回は、最近また盛り上がってしまったことに関しての感想と、教育につながるかどうかと、chatGPTなどの登場で変わったことを書きました。

Part1

今更な内容ではありますが、文科省が子供の宿題(読書感想文など)に対してこれを使う弊害に関してガイドラインを作るとかニュースになっていましたので、実際に使ってみました。保護者の方もchatGPTがなんなのかぜひ知っておかれた方が良い[…]

Part2

AIは危険なものなのでしょうか。使い方を考える必要はあると思いますが、いきなり禁止してしまうのは非常にまずい選択だと思います。しかし日本にはなんでも禁止したがる教育論を持っている方が多いので。宿題を侵食するAI数日[…]

chatGPTを始めとするAIはまだまだ不完全ではあるものの、使い方次第では有効であり、振り回されないようにその使い方を学習した方がいいですよ、という感じで書きました。AIを禁止したらまた子供達を無菌状態にして、いつまでも使う力(リテラシー)が育たず、などという本筋を見失った教育をいつまで繰り返すんですか、という気持ちも入っています。

今回も大筋はあまり変わりません。

有名人の発言

また少し盛り上がる話題が出ていたようです。我が子をみんな東大に入学させたという方が、12歳まではそういうのに全く触れさせたくない、別の記事では高校生までタブレットも触れさせたくないというニュアンスの発言をされたともあります。全文を見てないので、真意は分かりかねますが、それにしても極端な話を出してきましたね。ゲームは1日1時間(古い)に通じる、特定の保護者の方には受けそうな発言だと思います。

それに対して、色々な反論も出たそうです。私も、これに関してはそれは不味いんじゃないの?という立場です。

ただ、反対派でピックアップされた方々は、平気で人格攻撃をする方々が揃っているので、一緒にはなりたくないなという複雑な気持ちもあります。そして、この手の話は教育を語って仕事されている関係もあり、そんな方々の持論は自分を守るための論に変わっていくので、議論にならないと思います。

結局はITスキルとは違う要素で成功した人と、それで成功した人で意見が変わるのかもしれませんね。

ただ、それを上回るやっかいな意見もあって、Twitterを買収したあの有名な方も、AIの開発を一旦止めようとか言ってたんですね。蓋を開けたら、自分のところで開発してたからとかいう理由だったので失笑されてましたけど、ほんと、立場を守るための発言はノイズですね。

「未知のものは怖いもの」で終わる人は教育者の資格を疑います

個人で怖がるのは仕方ないと思います。でも、そこから学習をしないと。そこで安易に隔離するならまだしも、周りに強要したらダメなんですよ。教育系の演説で食べている人ほど、この手の話題は今は避けられないと思います。筋が通っているのであれば、反対意見や代案もあると思いますが、自分の感情や迎合を求めて発言するのは、教育者としての指導力を疑います。

タブレットやAIにも悪いところはある

それを言い出したら包丁も、という定番の論にしかならないんですよね。使い方を教えずに悪いものと教えて良いのは麻薬とかそういう類のものであって、生活に直結する物を子どもだからと隔離していても、じゃあ、いつそれを学ぶんですか?ってことになるんですよ。

同じ失敗を繰り返すかもしれない

パソコンを使いこなせる人はまだまだ少ない

正直、前に記事を書いた時よりも強く思うことがあります。日本は同じ間違いを繰り返すだろうな、と。IT系がバブルと言われた頃、それなりにパソコンの使い方やそこから派生する技術に関して脚光を浴びた瞬間があったと記憶しておりますが、結果、今、日本でパソコンを使いこなして仕事をしている人って、何割くらい居てるんでしょうか。

ITスキルを磨かなかった代償

仕事で顕著だと思います。

自分で自分の環境を整えられる人と、他の人に調整してもらわないとできない人、どちらが仕事を効率よくこなしていくか。全ての仕事でそのような能力が必要とは言えないと思われる方もおられると思いますが、私が経験した限りでは、些細なことでも自力で解決できる人は仕事が早いです。そして、一人で多くのことができています。

何より、海外の台頭に比べ日本は停滞しています。専門の人に言わせると、この手の教育はもう何十年も遅れているそうです。

でも、反省して改善しようとする動きは小さい

ようやくタブレットの配布やプログラミングの必修化などがありましたが、大きく変わった気はしませんね。これをもって失敗だとは言いませんし、反対派の人の肩を持ったりもしませんが、まだまだ日常に溶け込むほどの習熟を目指すにはほど遠いと思います。

逆行する反応として、scratchの使用制限に関して、賛成派がそれなりにいておられることですね。これに関しては、そこからプログラムを学ぶ子が少ない、そもそも遊んでばかりになるという尤もらしい意見ですが、ここは日本の教育の特徴でしょうね。指導のポイントを悪い方に向けがちで、できる子が足を引っ張られます。

いきなりできる人なんていない

この辺、次のテーマにする予定ですが、いきなりパソコンを使いこなせる人はいません。当たり前ですね。パソコンに強いと言われる人たちは、個人でも使っていて、何かあったらすぐに調べるというのが癖になっています。だから、情報を手に入れるまでの時間が短く、その中から精査もできるんです。

調べて使うが習慣になっている人とそうではない人。つまり、自分で学べる人、ですね。

ここが日本の学習習慣とリンクしてる部分があるかもしれない、と感じた次第です。

共存する生活は始まってます

現実の問題として、隔離はもうありえないと思います。以下、色々な場面で実用的な方向が見えてきています。もう、世の中は実際に使うことを想定に動き出しています。

ノーコードプログラミング

こういうプログラムを書いてほしい、というのを言葉で指示するとプログラムを作ってくれます。ホームページを記載するHTMLやそのデザインのCSSなどもガンガン作ってくれます。この辺はYoutubeで少し探せば出てくるので、ご覧いただくのが良いです。とんでもない生産効率です。

ブログなどの執筆全般

ブログの内容も、ある程度作り上げてくれます。ここのサイトのような専門性やマイナーな内容は厳しいかなと思う部分がありますし、情報がまだまだ信憑性に欠ける部分がありますが、すり合わせ方次第ですね。構成やまとめる能力は高いです。

知的産業への進出

医療分野に関してはだいぶ前から有効性が研究結果で出ていたはずです。法律関係もAIに任せた方が・・・になるでしょうね。大量の情報を使って判断することにおいては、人間ではもう勝てないでしょう。

ただ、これらをうまく使うためにはコツがいるため、これもまたスキル差が出るんですよね。結局全ては学びを自分で進められるかどうかです。

まとめ

おそらく、今以上に情報格差は広がってしまうでしょう。その学びの礎となる公立の学校にガチャなどは言いたくありませんが、現実の問題として学校ガチャとしての当たり外れはもう始まっています。個人ではどうしようもありませんが、せめて関わった子たちだけでもそこから抜け出せる教育を提供できないかなぁと考えているところです。

あと、続きで、chatGPTをうまく使う考え方と、プログラミング的思考の共通点や試行錯誤が将来の能力に大きな影響が出る話を書いてみようと思います。(そっちが本命の予定)